一度落ちたクリエイティビティは二度と回復しない
ついに同期が会社を辞めると言い出した。
まぁ、もうそろそろそういう時期だな。と思ってたので、そうか。お疲れ様という気持ちだが、彼を慕っていた後輩はさぞショックだろう。後追い退職するだろう。
彼と話していて印象的だったのは、「精神やられるよねー」ということと、「クリエイティビティが落ちた」という言葉の相関が非常に強かった。あと、些細な事を気にしなければならないことが多すぎて、全然やる気にならなかったとのこと。(彼は雑念と呼んでいた)
まぁわかる。私も万年そんな感じだから。
で、会社を辞めたら一気にクリエイティビティが回復したと言っていた彼は、まだ比較的回復可能な領域だったのだろう。
けど、こうも言っていて「以前ほどの天真爛漫さは失ってしまった」と。でも、これは単純に年を取るということなのかもしれない。若さは永遠に復活しないからね。
私はもっと深刻な位置にいる。
そろそろちゃんと言語化したほうが良い気がする。
私がメンタルと呼んでる物は3つある。
一つは自己肯定。一つは自律神経。一つは思考力。
メンタルをやられると、まず真っ先に思考力が落ちる。クリエイティビティとか呼んでるけど、真っ先に思考回路がやられる。具体的には海馬と前頭葉の接続がうまくいかない。「あれ、今何をしようとしてたんだっけ」という頻度が爆発的に増える。
なんでこういう現象が起こるのかというと、気にすべき情報が多すぎて、必要でもない些細な情報で脳の領域が専有されているからだと思う。
次に自律神経がやられる。やられるというか、麻痺するが正しいのかな。私の場合はお腹空いているのに、お腹空いていると感じなくなったし、暑いのに寒いと感じたり、もう色々とおかしい。37度の猛暑の中でも私は長袖を羽織ってないと寒い。おかしい。
最後に自己肯定がやられる。もう何もできない。無理。死ぬ。ってなる。このあたりでようやく「お前うつ病なんじゃね?」ってなる。このフェーズまで行くと、とにかく感情の制御ができなくなる。ただ無限に怒ったり、無限に不安に煽られたりする。実は躁鬱と鬱、統合失調症なんていうのは、感情の制御が出来ないという本質は同じで、その出方が違うだけなんじゃないかなと思ってる。
実はこの先があって、それは無気力。無感情。無表情。何もかもがどうでも良くなる。全ての感情が「虚ろ」もしくは「諦め」に変わっていく。所謂心の死。自分の経験上、心の死フェーズまで進んだ人は、周囲であまり見かけない。(多分見る前に自殺してるからだと思うけど。
ここまで行ってしまうともう回復しない。だって「心の死」なんだから。死ぬ条件だけど、多分何度か「感情の暴走」フェーズまで行くことが条件なんじゃないかなって思ってる。個人的な経験論だけど、あの瞬間、突然「もう何もかもどうでもいいや」ってなってしまった。あの感覚はちょっと言語で説明するのは難しい。
それまで持っていた不安。怒り、悲しみ、全てすーーーーっと心から消え去って、体だけがその場に残ってしまう感覚。その後、隔離病棟にブチ込まれるわけだけど、看護師さんからは「全然メンタルやられてるように見えませんよー」って言われるくらいには元気だった。心が死んでるので、従順な機械人形みたいに、医師やスタッフの指示に従った。多分死ねって言われたら死んでたと思う。心が死んだあの日。あの瞬間。私の残りの人生は全て余生になった。
おそらく私はあと50年くらい生きるから、どうやって暇つぶししようかなってなった。
そうなったらもうクリエイティビディなんて回復するわけがない。
一度落ちたクリエイティビティは絶対に回復しない。私はそういう星の下に生まれなかった。次の私に期待するしか無い。